仲村比呂のブログ

Written by Nakamura Hiro

日記と文学の違いって?

 敬愛する種田山頭火の「基中日記」を読んでいて、ふと文学と日記の違いはなんだろうと考えました。もちろんそれが一緒になった「日記文学」でネットで検索すれば、いくらでも定義が出てきますし、専門とする研究家の意見もたくさん出てきます。

 少し調べてわかったのは、日記文学というのはてっきり日本だけのものかと思いきや、世界中に存在するようです。

 ただし、日本の場合、紀貫之の「土佐日記」に始まって「蜻蛉日記」「紫式部日記」などのように日本の場合、日記と文学の分化がはっきりしないのが特徴のようです。それに加えて「枕草子」や「徒然草」のような、日記なのか随筆なのわからないものを加えるとさらに混沌としてしまいます。そして世界に比べて日記文学を高く評価してきた傾向もあります。

 学問的に文学と日記、さらに言えば随筆を厳密に分けるという考えもありますが、あまり深く考えると、そもそも文学とは何ぞかという、難しいカオスに入り込んでしまいかねません。それはあまり今日の題名から離れすぎてしまいます。

 結論から言うと、私は厳密に分ける必要はないと思っています。 そこに読ませられる物語性があって、読んで面白いものはそれが形式的に日記のスタイルを取ろうが、随筆であろうが、松尾芭蕉の「奥の細道」のようなものでも、文学だということです。

 ただし便宜上、日記的、随筆的、物語的と分けてあげればいいとは思います。そこに芸術上の上下とか、革新的価値の有無の差はありません。それはただの一つの尺度にしか過ぎないでしょう。

 文学は、ただ面白かったらそれでいい。ただの人々の時間潰し(太宰治は、小説を婦女子の弄び物と言いいましたが)かもしれません。

 しかし、幻冬舎の見城さんが著作の中で言っていたように、今に残る名作と言われるものは、すべてが当時の大ベストセラー作品でした。それも爆発的な。

 まったく売れずに、人知れず名作と言われてある日、突然評価されというものはまずないと思います。つまり、その当時爆破的に売れた。つまり面白いと思われたということです。

 そこから、さらに時間という残酷なフィルターで濾過されて、今に残ったのが、つまり名作です。

 たまに明治の文壇事情とか知ると、その当時、ちょっとした有名だった作家が腐るほどいたことがわかります。しかし、そのほとんどは作品どころか、作者すら残っていません。菊池寛とか武者小路実篤といった有名どころだとしても、よくて一作か二作です。

 だから、本当に50年、100年残る作品というのは天然記念物レベルの価値があると思います。

 ですから、作る側もいくら作品を作っても、売れるのはごくわずかで、長く残るのはさらにごくわずかだと覚悟するしかありません。 おそらく、あの村上春樹さんでも、ひょっとしたら100年後に残っている作品は一作か二作かもしれないのです。

 しかし、どうせ消え去るのだと思って絶望し、時間の無駄だと思うのももったいないと思います。それを避けられない前提条件として、あえて、そびえて立つ文学の頂(「カラマーゾフの兄弟」とか「戦争と平和」など)を目指すのも充分価値があると思います。

 もちろん登り方は千差万別ですし、途中で遭難したり、千日かけて登ったりしても、違う頂だったりすることがあるかもしれません。 しかし、長らく物語ってきた私が断言しますが、登る価値は絶対にあると思います。

 どこかの安手の自己啓発本のように、努力自体時に価値があると言うつもりはありません。これも太宰からの引用ですが、文学は男子(今は女子も)一生を賭ける価値が十分にあると思います。その報いについては、また後日書いていければとは思います。

 そして、話は戻りますが、文学作品を生み出す。その過程の呻吟、苦悩の言葉の表れの一つとして、日記があると思います。

 その代表例が、種田山頭火の日記群だと思います。そして、個人的には奥の細道と並んで、日記と文学の関係についての理想の姿がだと思っています。読むと日記が文学作品たり得るのは、作品を生み出そうとする姿勢の中にしか生まれないことがわかります。

 学生時代、一度ぐらい女の子と交換日記というものをやってみたかった仲村でした。
 ではまた