仲村比呂のブログ

Written by Nakamura Hiro

台風と聞いてワクワクしますか?

 台風がやってきて過ぎていきました。台風と聞きますと、生前父が、NHKの台風ニュースを見て夜中まで起きていたことを思い出します。

 父は、伊勢湾台風を経験しています。それはすさまじい台風だったらしく(なんと900ヘクトパスカル)で、名古屋市内の川が氾濫して、実家の1階どころか2階まで浸水し、最後はテレビ(当時は車以上に高級品だった)を持って屋根の上まで避難したと言います。それでも、水の増水はまったく収まらず、すぐ足元近くまで濁流が押し寄せて来たらしいです。

 あと数十センチ水位が高くなる※、家族全員流されて、死んでいたと言っていました。その話を、台風が来るたびに聞いて、耳にたこができると思ったぐらいでした。

 その恐怖があって、父はどれだけ小さくても、進路から離れていても、近くに来るとわかったら、安全とわかるまで絶対に眠りませんでした。

 一言で言うと、「台風をなめるな」ということでした。父が住んでいた生家は、どんな水害が来ようとも水没しないだろうと言われた地域に建てられていたからです。予想を超えるからこそ自然災害なんだと。

 水が引いた後、土砂とヘドロまみれになった父の生家は到底人が住めるものではなくなり、建て替えを余儀なくされました。

 かといって、父は普段から用心深さ塊どころか、玄関の鍵もろくにかけないような人だったので、この台風の時だけ見せる別の姿を、とても不思議に思いながら見ていました。

 そして、いくら台風のすごさを聞いても、どこか遠い昔話のようで、父親が金庫よりもテレビを守ろうとして奮闘したシーンなどばかりしか覚えていませんでした。

 それどころか、小学生だった私は、台風が来ると学校が休みになると思って、「頼むから台風よ、直撃してくれ」。と心の中で祈っていたぐらいでした。それはまさに、『台風クラブ』という映画の登場人物さながらに、ワクワクするところがありました

 しかし、こんな私も、それなりに大人になり社会に働き出して、台風がくると言うことは、とんでもない被害をもたらし、取り返しがつかないことになると理解するようになりました。

 そうなったとたん、無邪気に台風の到来を望んでいた自分が恥ずかしくて堪りませんでした。

 しかし、それと同時に、大人になると言うことは、台風が来るというワクワク感をなくすことでもあるとも思いました。このワクワク感を、大人の常識と良識で消してしまうことなのだと。

 それは、つまり素直な感受性を自らの手でつぶすことを意味することでもあります。もちろん台風が来ることを両手を挙げて喜べと言っているのではなく、そうした感受性を失う寂しさが、大人になるという事実にはあるということです。

 誰かが何と言おうと、ワクワクするものを素直にワクワクする。裸の王様を笑える感性。それこそが子供の特権です。

 誰もが、SFや「ウルトラマン」を見て怪獣が街を破壊しまくるのを見て、すかっとするのと同時にワクワクしたことがあると思います。

 しかし、そこに実際暮らす多くの人が、踏み潰されて死んだり、怪我を負ったりして、ひどい目に会っていて可哀想だという想像は働きません。働いてはウルトラマンはなりたちません。

 この子供心にワクワクする気持ち。そして、そのワクワクを常識で消してしまうこと。それは大人の必須条件なのか、児童文学をやっている自分にはよくわかりません。

 それよりも、このワクワク感を消せずに、同時に非常識にならずに、言語化していかに他人に伝えていけるのか、その境界線を考えることが、本当の意味で大人になるということだと、今回の台風到来において思うようになりました。

 台風の気圧の単位は、ヘクトパスカルより昔のミリバールの方が怖そうでいいと思っている仲村でした。
 ではまた

台風クラブ [DVD]

台風クラブ [DVD]

  • 発売日: 2001/06/22
  • メディア: DVD