仲村比呂のブログ

Written by Nakamura Hiro

全てはファミコンから始まったのだろうか?

 香川県で「ゲーム規制条例」の制定が検討されているという。識者は憲法違反であるとか、クールジャパンに逆行しているとか色々言っているが、私がその中で気になったのは「高橋名人」である。今では、高橋名人と聞いてもピンと来ないかもしれないが、私たちの年代で知らない人はいないと思う。どういう人か知らなくても、名前は聞いたことがあると思う、ちなみに芹沢名人(たけし軍団)ではない。

 彼の経歴や意見はネットをご覧になっていただければいいと思うが、高橋名人という人は世にファミコンが登場したとき、その高速連打などの神業のテクニックによって今で言う、プロゲーマーの先駆けとなった存在である。

 私は大のゲーム好きである。かつて近所のスーパーの二階にあったゲーセンに通い、お年玉の全てを使って(そのうち何万円かはヤンキーにカツアゲされた)ギャラクシアンやゼビウス、ドンキーコングに熱中しまくった。さらに家でも両親にねだってブロックくずし、アルカディア(きっと知らないですね)、という据え置き型ゲーム機でゲームをやるようになった。そしてその数年後、ついにファミリーコンピュータ(通称ファミコン)が現れる。

 これを知ってファミコンが欲しくて欲しくてたまらなくなり、高校一年生の夏休みにバイトをして買った。そして初めて買ったのが、スパルタンXというゲームと、スーパーマリオ、そしてドラゴンクエストⅠである。特にドラクエがやりたくてファミコンを買ったと言ってもいい。

 今ではスマホでもやれるぐらいであるが、その当時はロールプレイングゲームというのはパソコンでやるものだった。それがテレビ画面を通じてやれるのである。画期的だった。子供がはまらないわけがなかった(スパーマリオはあまりやらず、妹の方が上手くなってしまったが)。

 鳥山明の絵も良かったが、そのストーリーが良かった。派手なファンファーレのオープニングテーマ曲(これは今聞いてもじーんとする。スターウォーズの映画を見たときと似ている)と、どこか哀れさが伴うBGM。冒険を鼓舞する条件はすべて揃っていた。

 私は小説書きだが、本を読むと同じぐらいゲームをするのが好きだったので、ゲーム作家になろうと思った瞬間もあった。ドラクエのような冒険もののストーリーを作って懸賞に応募したこともある。とにかく自分にとってはゲームとはローリングプレイングゲームだった。ロールプレイングゲームが物語を作るのに役だったというのは言うまでもない。

 少し前、すべてはドラクエから教わったという本が話題になったが、それは大げさでもなんでもなく、当時のドラクエをやった人達の共通の意識だと思う。

 ドラクエの話はまた別の機会で書くつもりであるが、ドラクエの画面はまさに今で言う、ウインドウズの画面に似たものである。ウインドウズ95が出たとき何の違和感もなく馴染めたのも、そのおかげである。

 ファミコンの前にファミコンはあらず、そしてファミコンの後にファミコンは存在しない。ファミコンは家族全員で遊べるまさにファミリーコンピュータだった。

 少し脱線したので、香川県のゲーム規制条例に戻すが、憲法違反のうんぬんかんぬんよりも、とにかくゲームを一律悪いものだとする意識がどうにも信じられないのだ。私も学生時代、ドラクエのレベル上げを勉強時間を削って、寝る間を惜しんでやり、成績も下がり、視力も落ちたかも知れない。

 しかし、ほとんどのRPGがそうであったように、基本的には主人公は善であり、敵の大魔王は悪である。そして自分を鍛え、悪者を倒す。その過程で正義とは何か、ちっぽけな自分が世界に対して何ができるのかを考える時間は、自分にとってかけがえのない貴重なものだった。

 あれから年月が流れ、一人の社会人としても普通に生活ができている。ゲームは現実社会に対して無力だったわけではない。それどころか、ドラクエやファイナルファンタジー、信長の野望や、三国志、これらで培った知識や経験は、社会生活を送る上でかなり役に立った。

 依存症を防ぐためというが、それは小説や、映画、漫画だって同じだ。依存するぐらい夢中になるからこそエンターテイメントなのだ。そしてゲームも立派な芸術の一つだと思う。だから前述の条例は、絵を見る時間を一日一分までと言っているようなものだ。

 依存するぐらいに夢中になって何を得られたのか、その得られたものが、確かに形になっていないので分かりづらいかもしれない。しかし得られたものは、絶対にかげがえのない宝物になっていると思う。人が何かに依存せずに生きられない以上、そんな規制を言う人は芸術をまったく分かっていない、芸術を理解しない低俗な人達に違いない。

 ファミコンのような据え置き型ゲーム機はスマホに地位を譲ってしまった。課金ゲームがメインストリームになったのかもしれないが、ファミコンこそが今の中高年の共通意識のある一部を作り上げたのは確かだ。

 つまり、ファミコンから全てが始まったのだ。今回かなりマニアックな名称を書き連ねたが、それはそれらゲームの一つ一つへのオマージュの気持ちが抑えきれなかったからである。と、ここまで書いてきたらまたドラクエをやりたくなってきた(現在PS4でドラクエⅩⅠを冒険中)。物語はこの世界の中でまだまだ続く。

 ではまた

 

【PS4】ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて

【PS4】ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて

  • 発売日: 2017/07/29
  • メディア: Video Game
 

 

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