仲村比呂のブログ

Written by Nakamura Hiro

終活っていつから?

 ウィキペディアによると「終活」とは、人間が自らの死を意識して、人生の最後を迎えるための様々な準備や、そこに向けた人生の総括を意味する言葉とあります。

 一般的にも、終活というのは、定年後や子どもが独り立ちした後ぐらいの年齢ぐらいの人が始めることだと思われています。

 それと同時に、人生100年時代と言われて、一生現役という言葉も存在します。アンチエイジングというのはその流れでしょう。

 しかし、あなたがもし五十歳だとして、あと倍生きなさいと言われて、心から喜んで、ぜひお願いしますと言い切れる人は、案外少ないのではないのかと思います。

 自分だったら、いろいろな条件をつけて、身体が動くならばとか、もし100億あったならば、とか、本当にやりたい仕事の現役ならばと答えるでしょう。

 正直言って、自分ならば考えてしまいます。もちろん精一杯生きた結果として百歳を迎えられたならば、それはそれで価値があるとは思います。しかし、百歳とはあまりにも長すぎて、とても疲れてしまいそうです。

 それとは別に、一生懸命生きてきて人生のある時、ふと一段落ついたなあと思ったところで、人は二つの考え方に分かれると思います。もう一回何かできるかと思うか、このまま人生を振り返り、死の準備を始めるか、です。

 そして、あと何かもう一勝負と思う人は、よほど生に執着を持てる人だと思います。 

 つまり何を言いたいかと言いますと、終活を始めるのに別に年をとってからでなくても、いつでも始めていい。つまり年齢は関係ないいということです。

 例えば、十代で一世を風靡したアイドルがいたとしましょう。その後、突然30歳ぐらいで人気がなくなったとします。

 そして、燃え尽きて抜け殻のような状態になった当人を見て、他人は役者に転向したらとか、のんびり暮らしたらとか、政治家に転校したらとかアドバイスするかもしれません。

 もちろんそれで本人が、「わかりました。まだ若いので挑戦します」というのなら、それはそれでいいでしょう。

 しかし、本当に心から燃え尽きていて、そこからどうやっても生きていってわからなくなったり、うつ病になりかけたりしたとき、それこそ終活をすべき時だと思います。まさに一番死に直面している状態だからです。

 先ほどのウィキペディアの定義にあるように、一度死を見つめて人生の総括を行うことは、とても有意義なことだと思います。
有名な「自分が必ず死ぬことを忘れるな」というメメント・モリという言葉は、つまりは終活をせよと言っているのだと思います。

 人はいつ死ぬかわかりません。私には死とはどういうものかわからないですが、万が一あの世というものがあり、生きている時と同じような意識を持ち続けていたならば、終活をしないで死ぬことは、少し後悔することだろうと思います。

 「したいことはしたから、いつ死んでもいい」というのは、よく無頼派の人達が使う言葉ですが、より善く生きようと思っている人がこの言葉を口にすればまた、別の意味を帯びてくるはずです。

 しかし、それではいったい、終活っていったい何をしたらいいのでしょう。簡単に総括をすると言っても、そのやり方っていうのは意外に知られていません(現実的な意味での終活のやり方はたくさん本が出ていますが)。実はわかりそうでわかりません。

 ひょっとすると、そこら辺のことは宗教が一番得意とする分野かもしれませんが(自分は総括と聞くと、学生運動を連想します)。

 結局のところ、総括とはこれまで自分に起こりえたすべてのことを、死を基準に捉え直すことだと思います。それはあくまで精神上での作業となります。

 しかし、過去を振り返るというのは意外に大変なことです。できれば隠しておきたい、忘れたままにしたいことも多くあるでしょう。

 そして、そうした人生におけるあちこちに散らばった記憶や経験を、でたらめに結んでいっても何にもなりません。それを線として組みあげる、又は形にする必要があります。

 そうしないときっとうまく総括できないはずです。よく自叙伝を出される年配の方や、有名人がいますが、自叙伝という形も有効な総括のやり方だと思います。

 そして、総括を行うと自分が思うところの死が来るまで、どういう気持ち、何をやる(何をやらない)。何を得たいのか(捨てたいのか)。きっとおぼろげながら見えてくるはずです。

 そして、その見えたもの(状況)に飛び込むこと(従うことが)とても大切ではないでしょうか。燃え尽きたところから立ち直るには、それしか方法がないと思います。

 赤ん坊から、そのまま順調に大人になれた人は少ないと思います。長く生きれば生きるほど、何度も失敗したり、挫折したりと、いろいろな経験を経て今に至っていると思います。

 当たり前ですが過去には戻れません。ならば、いつ来るかわからない死のために、何ができるのか(しないのか)。終活とはいつ始めてもいいことだと思います。そう、それは今かもしれません。

 就活と終活という、紛らわしい言葉は何とかならないかと思っている仲村でした。
 ではまた 

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