仲村比呂のブログ

Written by Nakamura Hiro

パプティマス・シロッコは好きですか?

 前回、人生を変えた5つのものを挙げるならとして、江口達也氏の『BE FREE』を挙げましたが、2つ目はまたサブカルと思われるかもしれませんが、『Ζガンダム』です。

 ガンダムについては以前書きましたが、まだまだ書き足らないので、今回はその中でもΖガンダムについてです(興味ない人は、飛ばして下さい)。

 Ζガンダムのすごさについては、歌手のGACKTさんなど、有名人の方々がおっしゃっているとおりで、ガンダム自体すでに充分社会的に認知されつつあると思っているので、敢えて全体のネタバレ的なことは書きません。

 それでは、Ζガンダムの何が特に好きで影響を受けたかというと、敵キャラであるパプティマス・シロッコです。

 ガンダムの宇宙世紀シリーズですが、これまでいろいろなキャラクターが出ていますが、敵味方がはっきりしないキャラクターの代表格としては、シャー・アズナブルが有名でしょう。それ以上にはっきりしないのが彼というキャラクターです。

 彼は資源確保のため巨大探索船に乗って、世捨て人のように木星に行っていました。そこで地球圏に帰ってくるのですが、その目的がそもそもはっきりしません。

 ただ、最終話近く、自分のことを「歴史の立会人」と称していることから、カミーユ(主人公)とは、敵対するティターンズ陣営のジャミトフ・ハイマンのような地球圏を含めた覇権の掌握や、アクシズのハマーン・カーンのジオンの再興や、クワトロ大尉(シャー・アズナブル)のようなニュータイプによる人類の革新を目指すわけでもありません。

 彼は世捨て人でありながら、巨大探索船の中で最先端のモビルスーツ(戦闘ロボ)を作成できる天才設計者であり、戦闘においてはクワトロ大尉を上回るニュータイプでもあります。

 そして、彼はティターンズに所属しながら、やがてジャミトフを暗殺し、ティターンズをの実権を握ります。

 さらに、終盤に入ってくると、彼の主張も次第にわかってきます。

「歴史を間違った方向に持って行きたくないのだ」と。「世界(女性が率いる世界)を変えるのだよ、それはレコア(部下の女性パイロット)君かもしれない」、「天才の足を引っ張ることしかできない俗人が何ができた。世界を動かしてきたのは一握りの天才だ」、「ちっぽけな干渉は世界を破滅に導くだけだ少年」、「人に品性を求めるのは絶望的だ」、「後は簡単だ」
等々、とにかく子供心をくすぐる、魅力的なフレーズのオンパレードなのです。

 それと同時に、レコア(エウーゴを裏切る)がクワトロ大尉に見いだせなかった女性としての安らぎを与える(実は利用するため)ことができるなど、女性の扱い方も天才です。

 当時、世間知らずの子供だった私は、パプティマス・シロッコが悪役扱いされている意味がわからず、友達とのガンダム論争で、一人だけ擁護する側に回っていました。

 もちろん、パプティマス・シロッコは、カミーユ(主人公)等から、「わかるまい、戦争を遊びにしているシロッコには」、「(彼に従う女性に対して)利用されているのがわからないのか」と罵倒されるとおり、歳を取ると彼が稀代の悪者だとわってくるのですが、それでもずっと好きでした。

 それというのも彼が目指すもの。それは戦争をしない人類に進化させるために、続編の映画でシャーがアクシズ(ネオジオン軍の拠点)を落として、無理矢理人類全体をニュータイプに覚醒させようとするのでなく、ただ歴史を間違った方向に持って行きたくない。その一言ですべてが贖罪される気がしたからです。

 結局人類の歴史は、世界を良くしようと、思想や科学技術、はたまた人類の革新、神などの神輿を担いで、かえって多くの争いを招き、混乱が混乱を引き起こしてきた積み重ねです。

 それで果たして平和になったでしょうか。今でもたくさんの血が流れています。たくさんの子供が幼くして亡くなっています。人類は戦争している状態がデフォルトあり、それが人類としての進化のやり方なのかもしれませんが。

 しかし、平和のためとはいえあまりにも払う犠牲が大きすぎる気がします。

 今後、より人類が進化するために、多くの血を流さなくてはならないとしたら、それは間違った歴史に持って行く行為なのだと思って間違いないでしょう。

 そしてパプティマス・シロッコのすごいところは、前述したジャミトフや、クワトロ大尉とは違うやり方、つまり女性の力で歴史を正しい方向に変えていくと言い切ったところなのです。

 人類の進化の鍵を、「女性」だと言ったのです(本心で言ってないかもしれませんが)。レコアが死ぬ間際に、「男達は女性を弄ぶことか、利用することしか知らないのよ」と言って散っていくように、男は女性を目的として扱うことを知らない存在かもしれません。

 彼は女性を「目的」として扱うことを目指しました。それが正しい人類の歴史だと(これも勝手の思い込みかもしれませんが)。

 だからこそ、シャーアズナブル以上に彼に惹きつけられた理由です。

 私は別にフェミニストではありません。ただ私は、作者の冨野さんと同じように、可能なら戦争と暴力なくして、世の中を平和にできる方法はいかと考えつつ、それをうまく物語で表現できないかと思っている三文文士に過ぎません。

 ガンダムは、地球の重力に魂を引かれた人間(地球に住む人)が、ニュータイプ(新人類)に覚醒しなくては、人類の進化的特異点を乗り越えられないし、人類の平和など来ないと言っている、ある意味悲劇的な物語だと思っています(これも思い込みかもしれませんが)。

 Ζガンダムのすごさは、一見、子供向けアニメというエンターテイメントのパッケージに包みながら、実は現実社会の過酷さと人間の業の深さなどの、文学的な問題をたくさん入れ込んである点でしょう。

 そして、それだけではなく、そこからの脱出の可能性(解脱)を示そうとしていることです。つまり、ただのロボットアニメではなく、ロードオブザリングや、ハリーポッターのように、立派な王道児童文学でもあるのです。

 パプティマス・シロッコという登場人物は、中二病のアムロや、カミーユなどのお子ちゃまではなく、ちゃんとした大人であり、ある意味、穏当な人類の変革のやり方を提示した点で、大人のニュータイプなのです(その割に最後は悲劇的な死に方をするのですが)。そして、今でも自分に多大な影響を与えて続ける存在です。

 今まで生きてきて、ガンプラ(モビルスーツのプラモデル)で、唯一完成させられたのが、パプティマス・シロッコが乗るジ・オ(神の意志という意味らしい)だけだった仲村でした。
 ではまた