仲村比呂のブログ

Written by Nakamura Hiro

世界史は何で学びました?

 世界の歴史と聞くと何を思い出しますか?恐らく学校に習う世界史の教科書なり参考書を思い浮かべるでしょう。
 私は、教科書ではなく小学館から出ていた世界の歴史という漫画シリーズを思い出します。
 

 小さい頃は両親から漫画は禁止されていたので、唯一の例外として読んでよかった漫画がこれでした(あと、何とかのひみつシリーズ)。ですから漫画に飢えていた私は、むさぼり読んだ記憶があります。
 

 今でもクレオパトラとかナポレオンなどの、歴史上の人物の名前が出てきたとき思い出すのは、この漫画の絵がイメージの元となっています(絵は手塚治虫のような感じです)。
 この漫画を繰り返しボロボロになるまで読んだおかげなのか、学校での歴史の成績はずっと良かったです。
 

 人は大人になればなるほど歴史が好きになると言われています。
 おそらく、人生の先が見えてくると、過去からの時の流れの中に自分という存在を何とか位置づけしたくなるのだろうと思います。そして、これから続く未来への中で、自分はどういう存在でありたいのだろうと。
 

 それだけ、年を取ると、自分の存在というものを考えざるを得なくなるのだと思います。そして究極の問いに至ります。つまり、死んでからどうなるかと。
 歴史の本を読めば、それは人の生と死の集積だと気付きます。そして、多くの人は自分もその大多数の一人に過ぎないと。
 

 そこで安心するのか、それとも虚無的な思いに捕らわれるのかはそれぞれだと思いますが、ちっぽけな自分という者を自覚できるというのは、次の一歩を進むのには必要なことだと思います。
 

 そして、同時に自分の存在のちっぽけさを知るにつれて、外界のことが瑣末的なものに感じられるはずです。とにかく、答えてくれ「自分の存在は何か」。
 

 しかし、この問いにはっきりと答えられた者はいません。ソクラテスが言ったように、「知らないということを知っている」そこに到達するわけです。
 ここからは哲学の話になってしまいますが、歴史の本を読むと妙に哲学的になります。最後にはソクラテスのように「知らないということを知る」こととなります。
 

 そして、人間というのは五感に捕らわれた(哲学者ヴィットゲンシュタインは言語を入れた六感としましたが)欲望の塊に過ぎないと。
 

 過ちをただ繰り返す。欲望は変化しようとも、精神はまったく進化していないことに愕然とするでしょう。
 近現代の戦争の悲惨さが、人類の最大の過ちと思いがちですが、はるか紀元前、ギリシャの歴史を読めば、だいたい同じ事を繰り返してきだけです。
 ただ、人殺しのやり方がより洗練化しただけなのかもしれません。
 

 時々、浮ついた気持ちを沈めようと、時々「戦争の世界史 大図鑑」(河出書房新社)という本を読み返しますが、ぺらぺらめくるだけでも、人類は戦いの歴史であり、戦争というものはこれからも絶対になくならないという気持ちにさせられます。
 

 存在の不可思議。人は進化しているのかしていないのか。それは宇宙の果てがどうなっているかわからないのと同じぐらいわからないものです。
 わからない。その結論に至ったとき、そしてその向こう側を推測するとき、そこからは物語の出番だと思います。
 

 宇宙の果てだったらSF小説でしょう。そして、魂の話だったら宗教でしょう。そして、存在については哲学となると思います。
 人では絶対にわからないことを、どうやって人に説明するか、そしてわかってもらえるか。言葉で表せないものをどう表現するか。
 

 いろんな哲学者や宗教家もこのことに苦労してきました。
 曹洞宗を創始した道元の正法眼蔵という経典の長い記述を見ればわかると思います。
 歴史書とは、人ではわからない人のことについて、事実の積み重ねによって露わそうとする壮大な物語かもしれません。
 

 昔、受験科目において世界と日本史のどちらを選ぼうとしているか迷ったとき、好きだった学校の先生から「世界を広く知りたいなら世界史を薦める。日本を深く見知りたいなら日本史を薦める」と言われて、世界史を選んだ仲村でした。
 ではまた

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