仲村比呂のブログ

Written by Nakamura Hiro

なつかしくもない一人旅

 ひとり旅が出来る人がうらやましい。

 

 自分はどうしても途中で寂しくなってしまう。

 

 学生の頃、アルバイトで貯めたお金でひとり旅を企てて一夏かけて日本中を巡ろうと思ったのだが、大阪で友人に会って、次の日に京都市内を巡ってそのまま帰ってきてしまった。一週間どころかわずか一泊の旅行だった。
 ようするに、寂しくなって一人旅がつらくなってしまったのである。しかし、ひとり暮らしをしているので帰ってきても待っている人はいない。それでも無性に帰って来たくなったのだ。

 

 理由を考えてみると、旅の途中でいい風景や、いいいものを見た時、いいなと思った瞬間に、誰かと共有したくなってしまうのだ。一緒に味わいたくなってしまう。できれば一緒にきれいだとか、うれしい、楽しいと分かち合いたいと思うのだ。けれど、一人旅は周囲には誰もいない。それがたまらないのだ。

 

 それが、いいなと思えば思ったほどそうなってしまう。そうやって寂しさを感じるぐらいなら、いっそ行かない方がいいと考えてしまう。
 だから、ひとりでふらりと一週間とか二週間、旅に行ける友人がうらやましかった。聞くと、自分のような寂しさはまったく感じないという。

 

 よく考えてみると、これは旅行に限ったことではない。映画も、スポーツ観戦も、居酒屋も、ひとりで行ったことはほとんどない。必ず誰かと一緒である。
 旅と同じで、別にそれが恋人でなくても親でも、兄弟でも良いいから、終わったとき、とにかく感想を言い合えればそれでいい。

 

 これを人に言うと、「単なる寂しがり屋だね」と言われるが、家の中でひとりでいることはまったく苦にならない。一週間誰とも話さずとも平気だし、一人酒が大好きだ。
 ただ、外に行くときは、誰かが一緒じゃないと極端に出かける気が失せる。だから、海外旅行なんてもっての他である。旅好きの人に言うと、だったら、旅先で友達を作ればいいとも言われるが、普段から友達作りが下手なのに、旅先で親しくなれるわけがない。

 

 そこまで話すと、寂しがり屋でおまけに人間嫌いだと言われる。
 そう、自分は人間嫌いの寂しがりなのである。しかし、これはいたって困った状態である。意味的に矛盾してしまっている。例えば人間嫌いなので一人旅は大丈夫、人間好きだから寂しがり屋なのというなら、ちゃんと成立している。

 

 つまり人間嫌いで寂しがり屋というのは、どうにもやっかいな状況なのである。
 だから、これを合理的に解決させるには気の合う誰かを見つけて、一緒に旅をするしかない。

 

 しかし、繰り返しになるが、人間嫌いだからめったにこんな相手はめったに見つからない。だから旅にもほとんど行かない。けれど旅自体は好きだから季節が変わるとどこかに行きたくなる。

 

 そんな人生を何十年と送ってきた。こういうのは頭でわかっていても、どうすることはできない。傾向だから仕方がないと諦めてもいる。
 誰か自分のように人間嫌いで寂しがり屋の人は、いったいこういう時どうやって対処しているのか知りたい仲村でした。
 

 ではまた 

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